8月に振り返り始めたこの文章。すでに9月も末です。
今年の振り返りが8月からなのは早いと感じたひともいらっしゃったでしょうが、これで必ずしもそうではないことが証明されたと思います。
己を知るということは大事なことですね。(居直った上に教訓をたれる)
今後は単なる役者さんの紹介に留まらず、可能な限り普遍的な分析を心掛けます。
できたらいいなあ。
前回はお父さんの話題で終わってましたので、次はお母さんのお話をしたいと思います。

お母さんのゆかり役は、伊藤しょうこさんにお願いしました。
このブログをチェックされているほどの方なら当然ご存知の役者さんだと思います。
劇団怪獣無法地帯の主力中の主力、脚本・演出・役者・制作をこなす万能型演劇人です。すごい。
「なぜ伊藤しょうこさんにお願いしたか」なんて、愚問というものでしょう。
それは「お願いできるときにお願いしないともったいないじゃない」で十分だからです。
積極的に公演を行う怪獣無法地帯ですから、しょうこさんはその万能ゆえに忙しく、なかなか客演の機会がないのです。
また、今回の裏テーマ「脚本を役者に寄せない(寄せれない。再演だから)」にも、どうアプローチするのかも注目していました。
今回のようなウソにウソを呼ぶシチュエーションコメディは、登場人物がウソをつく強めの理由が必要です。
それも、「ウソをついてもいい」ではなく「ウソをつかなくてはいけない」という切迫した理由でなければいけません。
大の大人がアホみたいなウソをつくには、それなりに高い心理的なハードルが必要なのです。
そんな大人たちにどんどんウソのハードルを跳ばせる役割が、このお母さん・ゆかりです。

「跳べ!」(とは言ってない)
強くなければいけません。恐くなければいけません。
何をやらかすかわからない危険な存在だからこそ、周囲の人間たちはその高いハードルを越えるのです。
さらには、みんなに愛されていなくてはいけません。

こんな難しい注文を、しょうこさんは涼しい顔でこなしてくれました。
初参加の役者さんは、自信を持ってお願いしていても、実際に稽古が始まるまでは本当に役にフィットするか不安なものです。
しかし、しょうこさんに関しては、一番最初の通し読みの段階で「あ、これは大丈夫だ」と安心することができました。
いえ。安心というよりも、頼もしさを感じました。
結果的に当てて書いたように見えるくらい、役と一体化されておりました。
脚本家の「当て書きが演劇をおもしろくするのだ」という価値観に、役者側から反駁されたような気分でした。
貴重な体験をさせていただきました。感謝。

※おつかれさまでした。
おつぎは「スター」登場。片桐光一役を演じた深浦佑太くんです。

『聞き耳カフェその2』『ペーパームーン・オーバーフローイン』『聞き耳カフェその3』『おちくぼ』『聞き耳カフェその4』と続いて、今回の『雨夜の喜劇』と、6公演続けて出演していただいております。ほぼレギュラーです。
エンプロ以外にも客演が多く、評価の高さを証明しております。
また、彼の書く脚本もレベルが高く、そのあたりも前出の伊藤しょうこさんと共通しているところです。
さて、深浦くんに演じていただいたのは本作の主役・片桐光一。
ある集団がひとつの目的を持っている物語を作るときに、それを邪魔する人間がいると盛り上がるものです。
今回で言うと、「お母さんに光一の嘘がばれないようにする」という目的なんですが、「雨夜」では、光一自身が邪魔する側にまわります。
自ら危機的状況を作りつつ、周りを巻き込み、有り得ない嘘をつき、周囲を混乱に陥れる元凶でもあるのです。
ここで、重要なことがひとつあります。
この役もお客さんに嫌われちゃダメなんです。
お客さんの感情移入がないと、つまらないダメ人間のために周りが苦労する不快な話になります。
しかし、光一は一生懸命でした。光一演じる深浦くんも一生懸命でした。
複数のアンケートで指摘されるほど、汗まみれになりました。
ブログのネタにもなりました。

人間、こんなに一生懸命なやつを嫌うことはできません。

※親が大好き(これも重要)。
また、刺激を好むのは、役者という表現者として自然な感情だと思います。
たぶん、光一は舞台上でもいろんな修羅場をくぐってきたんでしょう。
追い込まれたときの危機感が人より圧倒的に薄い。むしろ、楽しんでしまう。

※「何か問題でも?」の顔。
そういう彼だからこそ、舞台で主役を演じ続けられるのです。
これは表現者の業と言ってもいい。
だから、脚本上でもそこまで悪い人間には見えなかったはずです。
数々の舞台で主演をはる深浦くんですから、この光一を演じるにはうってつけの存在でした。
再演から参加なのが信じられないほどです。
前出の長麻美と同じく、主演でほぼ常に舞台上にいる体力的にしんどい役でもありましたが、稽古期間中、一切手を抜いた演技をすることなく高いレベルを維持してくれました。
こういう目立たないところも、あちこちから客演に呼ばれる由縁なのでしょう。感謝。
ちなみに、打ち上げのカラオケボックスでは全力の『仮面舞踏会』を三度も唄わされそうになってました。(さすがに三度目は止められた)
その手を抜かない感じはさすがというか、リアルに看板役者が持つ業を見た瞬間でした。
本記事の最後は楽太郎くんです。

彼の演じる片桐夕矢は、奔放過ぎる兄を持つ苦労性の弟。
苦労するのは兄に対してだけではありません。
思い込みの激しい母、浮気性の父を持つ、片桐家の良心。
そんないい加減な家族ですから、どうしても真面目な夕矢が嫌われ役になってしまいます。
気の毒。

※しかも巻き添えを食う。
夕矢のこういうところに共感されるひと、結構いるんじゃないでしょうか。
本作中でも、わりと頻繁に両親と顔をあわせている設定もあって、再会しても光一ほど感動されていません。
両親は光一に会いに来たのであって、夕矢に会いに来たわけではないのです。
つくづく気の毒。
真面目で融通の利かない性格は、職人向きではありました。
そのぶん、周りが見えず、かたくなに予定どおりパーティを開こうとする空気の読めなさは、ただの優等生ではない生身の人間らしくて脚本的に気に入っております。

※融通きかなすぎて嫁に怒られている。
演じた楽太郎くんも、役者としてはそれほど器用なタイプではありません。
楽太郎くんには、過去何度も客演をお願いしていますが、出番の長い役をやってもらったことはありませんでした。
時間がかかるだろうなと思っていました。案の定、時間はかかりました。
しかし、それ以上に停滞しませんでした。
稽古時間と出来の良さが正比例するやればやるほど良くなる役者でした。
これを当たり前と思いますか?
普通は、何度も同じことの繰り返して迷いがでてしまったり、前できていたことができなくなったりするものです。
楽太郎君にはそれがまったくなかった。
これは、再演することでわかった、楽太郎くんの新しい一面でした。
なお、初演も御覧になった方は「あれ?」と思ったのではないでしょうか。
なぜなら、初演の夕矢は「坦坦麺専門店の店員」ではなく、「パティシエ」だったのです。
これは、初演上演時のイシハラノリアキくんのキャラクターに合わせてパティシエにしたんですが、楽太郎くんはどちらかというとスイーツというより中華系だなと思って坦坦麺にしました。
イシハラ君のいかにも几帳面そうな夕矢も、楽太郎くんの職人気質な夕矢もどちらも正解だと思います。
ただ、これは当て書きというより、「ちょっと変えてやろう」という脚本家の遊び心に近い変更で、作品の完成度にはさほど影響はなかったと思います。
楽太郎くんは、いま「
札幌オーギリング」という大喜利の企画にレギュラーで出演しています(おもしろい)。
いまや花形選手ですから、スケジュール組みも大変だったと思いますが、期待どおりの活躍を見せてくれました。感謝。

※顔が似てなくても表情が似てると親子っぽいですね。
というわけで、今回は「本公演から新たに参加していただいた組(ダブルなし)」の三人のお話でした。
この流れだと、次は夕矢の妻(たち)の話でしょうかね。
※今回の記事に使われた画像はすべて小林翔平さんの撮影です。